ぽしゃ

いつか忘れた頃に読み返すための雑多な記録帳

プリンターの話

我が家には5年目のプリンターがいて、机付属の棚の3段目を占領している。

そんな良い場所に配置されているにも関わらずプリンターの稼働率は低い。昨年は多分一度も使用しなかった。

資格試験の過去問を印刷するために久しぶりに使おうと思って電源をつけるとちょっと騒がしい音とともに起動し、ガガーッ、ガガーとしばらく何か調整する音を上げ続けた後、一枚目を印刷し始めた。

しかし間もなくパッとパソコンの画面に不穏なポップアップが。見ると「インクが少なくなってます」という表示。黒のインクがすっからかんのようだった。

印刷を終えて出てきた1枚目は掠れていてとても文字が読めない。慌てて中止ボタンを押して印刷を止めると、部屋着にコートを羽織ってインクを探しに出かけた。

 

大抵のことがスマホで事足りてしまう今の時代、プリンターを使う機会はとても限られている。職場でも資源の節約のために印刷物を減らそうという啓蒙をしているくらいだし、年賀状も出さないし。

大学生の頃は宿題や卒論の下書きなんかを提出するために印刷する必要があったけど、その頃はまだプリンターを手にしておらずコンビニのネットプリントを利用していた。

でもなんのきっかけだったかプリンターを買った。卒論のためだと記憶していたけど、購入日を確認すると卒論提出日より後だった。

別にコンビニがあればプリンターがなくても不便ではない、と思っていた。しかし使ってみるとプリンターは本当に便利だった。独特の騒々しい音のあと、自分がキーボードで打ち込んだ文字が紙に印刷されて出てくる。その速度は決して早くない。百枚も印刷するとなるとかなり待ちくたびれる。でも一枚一枚、確かに印刷されて出てくる。印刷された文字は、キーボードで打った文字と違って、紙を燃やしたり捨てたりしない限り簡単に消えることはない。

何度か印刷した後、なんだかすごく感動した記憶がある。

思えば一人暮らしを始めてから生活のために色んなものを買い集めてきた。便利な既製品に囲まれて生きている。掃除機もパソコンのモニタもキーボードも、書籍も食器もバスタオルもハンガーもカレンダーもその製造の過程に自分は関与していない。誰かが作った量産品をちぐはぐに組み合わせて部屋を構成している。自分は何一つ作り出していない。でもプリンターから出てくるそれだけは確かに自分が作り出した印刷物だった。そこに書かれたものは自分にとって必要なもので、この世のどこを探しても確実に存在していないものだった。

パソコンとプリンターという道具を経て生成されるゴシック体の文字が、社会とのつながりの大半を絶っていたその頃の自分にとっては数少ない自身の思考の境界線を確かめられる物体だった。

 

 

そういうわけでプリンターという機械は部屋の中をひしめく物たちの中でも序列が高い。黒インクがないと言われた夜九時、コートを羽織って寒さに首を縮めながらインクカートリッジを探しに遠くのスーパーまで足を運ぶのも別におかしな話ではない。

しかし残念ながら一時間かけてスーパーとドラッグストア、コンビニをいくつか巡ってもインクカートリッジの取り扱いはなかった。既に個人のプリンターを持つ家も少なくなっていて、インクを買う客も少ないのかもしれない。

明日にでも電気屋さんに買いに行こう、と諦め、帰宅後、黒インクを使わない設定にした後にカラーインクだけを使って過去問を印刷した。文字は少しだけ緑がかった鈍い黒だった。40枚の印刷を終えるまでの間に、一度だけ紙を切らして補充した。

印刷が終わるとまたガガーッという音とともに内部で何か調整した後、プリンタは静かになった。何も異常がないことを確認して、ボタンを押して電源を落とした。

スキャナやコピーの機能はない。Wi-FiBluetoothも対応していない印刷するためだけの単機能プリンター。使う機会は少ないけどきっとこれからも処分することはないと思う。